もはや“無政府状態”の危機管理態勢

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上杉隆氏]

Update:菅総理は知っていた・・・〉

首相が北朝鮮砲撃を報道で知ったと語る、 もはや“無政府状態”の危機管理態勢を憂う|週刊・上杉隆|ダイヤモンド・オンライン

「北朝鮮が韓国の島に砲撃を加え、韓国軍も応戦したという報道があり、私にも3時半ごろに秘書官を通して連絡がありました」

 信じがたいことに、これは内閣総理大臣の言葉である。首相がどうやって第一報を知ったのかという機密事項について、菅首相は恥も外聞もなくこう言い放ったのだ。

 いまや日本は無政府状態になった。首相が一般国民と同じレベルで情報を得て、それを公言してしまう国なのである。・・・

 大いなる危惧を覚える。これこそ国家の最大の危機ではないだろうか。

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〈Update〉菅総理は知っていた・・・(12月2日)

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第4話【危機管理】 北朝鮮砲撃事件…官邸はこう動いた | 菅総理官邸ブログ(KAN-FULL BLOG)

1.初動

11月23日午後2時34分、北朝鮮による韓国・延坪島への砲撃が始まった。

3時10分すぎにこれを知った日本政府は、韓国・中国・米国・ロシアで情報収集を開始。3時20分には首相官邸に情報連絡室が設置され、情報の確度が高まった3時半頃、公邸にいた菅総理に秘書官から一報を入れた。

総理の公邸は、官邸と同じ敷地内にあり、いわば一体となった執務機能を持っている。この公邸内で、総理は執務をしながら情報収集。同時に、隣接する官邸側では、総理の指示を受けた当直の危機管理担当者に加え、各部署のスタッフが次々に駆けつけ、対応を進めた。北朝鮮情勢は非常に複雑・不透明で、不確かな情報で我が国が方針を決めたり態度を表明することは、当然すべきでない。関係者を一堂に集めた協議は、当事国の韓国から十分な判断材料を得た上で、1時間余り後の午後4時45分から行うこととなった。

しかしこの間も、様々な案件への対応をストップするわけにはいかないのが、総理大臣。合間をぬって、国会関係者との面会など、当初の予定も並行して処理しながら、情報収集は続いた。

2.指示、発言

そして、予定の4時45分。菅総理は、それまで執務していた公邸側から、徒歩1分の官邸側に移動。仙谷官房長官、古川副長官らも揃い、危機管理監や外務省・防衛省関係者などから総合的に情勢を聴いたあと、あらためて、「情報収集に全力を挙げること」「不測の事態に備えて万全の体制をとること」を指示した。

協議終了後直ちに、総理は5時10分頃から報道陣の取材に応じ、この指示内容を国民に説明。どこの国よりも早い、トップによる直接の発言となった。この後、毎年総理大臣が出席する重要な宮中行事「新嘗祭」へ。随行秘書官からいつでも情報が入り必要な指示を出せる体制での出席となった。

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