
日経新聞から・・・
若者が車をほしがらなくなった理由:
われわれが若者だった一九六〇年代の後半から一九七〇年代の前半、「自分一人の部屋」を確保できている若者は非常に少なかった。子供部屋というものを設けている家庭もあったが、そこには必ず「兄弟」がいた。団塊の世代とは兄弟のいる世代なのである。
こうした住宅環境において、車は「動く部屋」として機能した。車に乗り、ドアを閉めてしまえば、そこは自分一人だけの宇宙であった。この「一人だけの宇宙」として車は強く欲せられたのである。・・・
ひるがえって、二十一世紀の状況を見るとどうだろう? 子供の多くは一人っ子であり、子供部屋を持たない子供はほとんどいない。「一人だけの宇宙」は「すでに確保」されているのである。おまけに、子供部屋の中にはヴァーチャルに空間を無限拡大できるゲームやパソコンが備えつけられている。そうした子供が大人になったとき、家の外に、さらに「一人だけの宇宙」を求めるだろうか?
もう一つ付け加えれば、車の運転を覚えるという「新しい試練」に対する脅えがある。いまの若者は、運転を覚えることすら「かったるい」と感じているのだ。
いずれも若年人口の減少がもたらした現象である。ゆえに若年人口が回復しないかぎり車の国内需要は回復しない。これは確定的真理なのである。
日本経済新聞 [プロムナード]: “一人だけの宇宙” by 鹿島茂: 10 March 2009
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